この曲、歌詞の意味が深く、やや難しいように思います。そこで自己流ですが解釈をつけてみました。歌詞の意味や背景がわかると、さらに素晴らしい曲だと気づきます。

自分なりの解釈ですので、間違いや抜けている点があると思いますが、ご容赦下さいね。
またどうしてもネタバレになりますので、ご注意下さいませ。

4年半前、PC版ゲーム初回版をプレイして、「この素晴らしい世界が、多くの人に知られるようになれば…」と思いました。
そのCLANNAD主題歌がオリコンランキング第三位になった、多くの人に知られるようになったということで、とても感慨深いものがあります。

さて、この曲は単に渚が亡くなったことを悲しむレクイエムだけではなく、むずかしい?CLANNADの世界観をまとめ、作者麻枝さんのメッセージを発信している曲だと思います。
CLANNADは、アニメ放映が終わればひととおり終わりでしょうから、最後にこの曲で強いメッセージを麻枝さんが世に向けて発したと感じます。



では、歌詞に沿って解釈を考えてゆきましょう。
これは多くの解釈通り、渚が亡くなった後、朋也が渚のことを歌った唄であることを前提に見ていって下さい。

”落ちていく砂時計ばかり見ているよ
さかさまにすればほら また始まるよ
刻んだだけ進む時間に いつか僕も入れるかな”


砂時計を逆さまにしてまた時間が始まることは、CLANNADがループする世界であることを表していると思います。そして砂が落ちきるまでの区切られた時間は、風子ルートやことみルートなど、各ルートを暗示していると思われます。

CLANNADではこれらのルートで朋也が光の玉を集めることによって死んだ渚を救うわけですから、「いつか僕も入れるかな」とは、渚を失った後で朋也がこれから各ルートに入り光の玉を集めることを示しているようです。

(11/25 追記 記事を読んでいただいた方よりコメントをいただきました。

「刻んだだけ進む時間」とは、ループしていない動いている時間=渚と刻める時間のことではないかと。 その渚と刻める時間にいつか入りたい、たどり着きたい、という朋也の希望なのでは?とのこと。
なるほどそうかも知れません。真相は作詞者麻枝さんのみぞ知るですが、いろんな解釈があるのは面白いことです。

匿名様、コメントありがとうございました。)

CLANNADは時間の流れが主題であり、ループなどの時の進み方も重要な意味を持ちますが、それがとても大切なことを作者みずから曲のタイトルで表していますね。


”きみだけが過ぎ去った坂の途中は
あたたかな日だまりがいくつもできてた
僕ひとりがここで優しい 温かさを思い返してる”


ここでこの物語の最初、そしてループの起点となる「坂」に場面が移ります。
きみとは、もちろん渚のこと。思い返しているのは朋也ですね。
ここでの素晴らしい点は、「あたたかな」と「温かさ」をひらがなと漢字に変えていること。
同じあたたかいでも微妙に違うこと、後者は温度より気持ちのあたたかさが主であることを表していると思います。


”きみだけを きみだけを
好きでいたよ
風で目がにじんで
遠くなるよ”


さすがサビの部分だけあって解説が不要なくらいわかりやすい、そのままですね。
「風」をわざわざ出してくるところは、CLANNADの世界観に深く関わる重要人物、風子を意識しているんでしょうか。いや逆ですね。風を意識して、風子のキャラを作ったんでしょうから…。


”いつまでも 覚えてる
なにもかも変わっても
ひとつだけ ひとつだけ
ありふれたものだけど
見せてやる 輝きに満ちたそのひとつだけ
いつまでもいつまでも守っていく”


この語りで、CLANNADで言いたいことが示されます。渚が坂の手前で言った言葉、
「なにもかも…変わらずにはいられないです。楽しいこととか、うれしいこととか、ぜんぶ。…ぜんぶ、変わらずにはいられないです」
「それでも、この場所が好きでいられますか」

それに対する朋也の答え、そして作者のメッセージがこの語りだと思います。
CLANNADのゲームをした人、アニメを見た人、そしてこの曲を聴いた人へのメッセージなのですね。
「なにもかもが変わっても、大切なものをひとつだけ見つけて、それを守ってゆきなさい…」。
「ひとつだけ」とは、各人によって違う。だからそれが何なのか、明示していないんだと思います。

このあたりで泣けてきました。

さてここでは、「見せてやる」と強い表現がなされています。初めて聴いたときから耳に残りました。朋也の決意を際だたせるため、強い表現にしているようですね。


”肌寒い日が続く もう春なのに
目覚まし時計より 早く起きた朝
三人分の朝ご飯を 作るきみが
そこに立っている”

最初の一行で、朋也の感情がよく表されています。
朝ご飯を作る光景ですが、汐を生んだときに渚は息を引き取ってしまうので、「三人分」(朋也・渚・汐)の朝ごはんを作る光景は、ラストエンド後まで見られないはずです。「目覚まし時計より早く起きた」とありますので、夢の中の光景なのでしょう。


”きみだけがきみだけが
そばにいないよ
昨日まですぐそばで僕を見てたよ”


ここはそのままだと思います。渚が死んだことをわかりやすくのべてます。


”きみだけをきみだけを
好きでいたよ
きみだけときみだけと
歌う唄だよ”

ここも、これまでの歌詞の解釈がわかると、そのままわかる部分ですね。


”僕たちの僕たちの
刻んだ時だよ
片方だけ続くなんて
僕はいやだよ”

これが歌の最後です。「時」の大切さを強調するための歌詞を、最後にも持ってきていますね。
気になるのは、一番盛り上がるサビのところなのに、「僕はいやだよ」と後味の悪い終わり方をしているところ。
これは、最後の語りの部分に繋げて盛り上げるために、わざと中途半端な終わらせ方をしているのでしょうか。


最後の語り(に近い歌)
”いつまでも 覚えてる
この町が変わっても
どれだけの悲しみと出会うことになっても
見せてやる 本当は強かったときのこと
さあ行くよ 歩き出す坂の道を”


最後に坂の道を歩き出します。
そうです、最初の坂に戻っていますね。最初にループするのですが、でも朋也の強い決意によって、これからの展開は今までと違ってくるのです。
その展開はCLANNADで見ているとおりであり、渚が生きるトゥルーエンドへの道なのでしょう。

さらにここでは、先の語り部分と同様、朋也のそして作者の強いメッセージがでています。
「町が、なにもかもが変わっても、どんな悲しみもがあっても、強く歩いてゆきなさい」、と…。


さて、このあと”ぎぎぎ…”という音がして、オルゴールが流れます。
ここにも深い意図があると思います。

「ぎぎぎ…」というのは、オルゴールのネジを巻き戻す音。ループの最初に巻き戻ることを意味していますね。そして曲は同じだけれどオルゴールという音色の違うものが流れる。これはこれから同じようで違った世界を進んでゆくことを、暗示していると思います。

さらに「ぎぎぎ…」の音。これ、どこかで聞いたことがありますよね。そう、幻想世界でガラクタロボットの耳が回転するときの音。ガラクタロボットは朋也自身ですよね…。そこまで意識してこの音を入れているのだと思います。


こういう風に考えると、とても深い曲です。
この解釈には間違いもあるでしょうし、抜けている点もあると思います。
でもこれを参考にして聞き直してみてくださいませ。新しい感動があるかも知れません…。