Crux's Stardust Diary

クルックスの星くず日記

2008年11月

日記がわりのブログって、維持するのがなかなか大変ですよね。記事を書くのに時間と手間がかかるし、だいいち長文を書くネタがない…。
ページレイアウトも記事が中心で大きく場所をとるから、サイドバーはペタペタ貼りつけたブログパーツで窮屈な感じです。

そんなのが嫌ならホームページを作ればいいのですが、これがまた手間ですよね?

ものぐさな私は、もっと自由に気軽に自分のページができないものだろうか?と考えて工夫を続けています。
その工夫のひとつが、今回ご紹介するNetvibesというサービスです。

これは一言で言うと、「iGoogleのようなスタートページを公開しちゃう」ことで、ミニホームページが簡単にできてしまうサービスです。

これは私のページです。画像クリックでこのページに飛びます。
Netvibes SS


このNetvibes、見かけはiGoogleやMy Yahoo!のスタートページにそっくりです。いろんなウィジェット(ガジェット・パーツ)を並べてゆく感じですね。
ウィジェットの種類は多く、iGoogle等と同じようにフィードリーダーがあったり、メモ帳があったり、写真を貼りつけたりできます。各種ウェブメールの受信もしてくれます。ブラウザを貼りつけて別のウェブページをそのまま表示させたりもできます。なんでも表示できる感じです。

これだけなら別にiGoogleでも使っていればいいのですが、Netvibesがこれらと違う点は、このページを公開できるところです(他にもいくつかあるのですが、省略(^◇^;)。
公開ページと非公開ページに別れており、それぞれ別のウィジェットが貼りつけられます。

非公開ページにはニュースや天気予報、メールなどの自分には便利だけど公開する意味のあまりないウィジェットを貼ります。
公開ページには自分のブログやプロフィールなどいろんなサービスからのフィードやリンクやパーツ、また自分で撮った写真なども貼って、自分のホームページもどきにできます。

ウィジェットの配置は自由に換えられますので、ブログ記事がデカデカと居座ることもありません。
ブログでたとえるなら、全面サイドバーのブログ、ということになるでしょうか。
ブログ記事を書きたければ他のブログサービスで書いて、そのフィードをNetvibesのウィジェットで表示させて、リンクでブログサービスに飛ぶようにすればよいのです。その設定は、とても簡単にできるようになってます。

私はFriendFeedという、いろんなフィードをまとめるサービスからのフィード(ややこしい…)を中心に据えています。twitterなんかでひとことつぶやいたのが、フィードを通してこのページに載ります。
ここのブログ記事も、書くだけでフィードによってタイトルがNetvibesに表示され、それをクリックするとこのブログに飛ぶ仕組みです。

非公開ページをブラウザのスタートページにします。これはi-Googleなどと同じで、とても便利です。
そしてそのページの左上にある「公開ページに行く」をクリックすると、公開ページに移ります。
よく使う非公開ページと公開ページが表裏一体という感じになるので、公開ページと疎遠になりません。Ajaxを多用しているためか操作も直感的、楽々です。

このサービスはフランスから生まれたとかでヨーロッパではメジャーなようですが、日本で使っている人はほとんどいないようです。かなり日本語対応もしているのに…。
その理由は以下にあるようです。

"日本ではSNSでもStartPageでもなく、自身のブログにブログパーツを張ったりスキンを変更したりカスタマイズをしていくスタンスが現状は強い。それは国内SNS側のプラットフォームがユーザーのウィジェット利用を開放していない点など様々な要因が関係している。
しかし、今後は日本もSNSでのウィジェット開放や、デスクトップでの利用など様々な環境が用意されており、今後のウィジェット利用者が益々増加していくことが予想される。 "
ソフトバンクモバイルクリエーション

まあこんな事情はともかく、使い勝手がよくて手軽にホームページもどきを作れて、ブログの呪縛から解き放たれた気分になりますので、試してみてくださいませ。今のところ無料です。広告も表示されません。

そうそう、お友だち機能もあるので、よければ私とお友だちになって下さいね(^o^)
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この曲、歌詞の意味が深く、やや難しいように思います。そこで自己流ですが解釈をつけてみました。歌詞の意味や背景がわかると、さらに素晴らしい曲だと気づきます。

自分なりの解釈ですので、間違いや抜けている点があると思いますが、ご容赦下さいね。
またどうしてもネタバレになりますので、ご注意下さいませ。

4年半前、PC版ゲーム初回版をプレイして、「この素晴らしい世界が、多くの人に知られるようになれば…」と思いました。
そのCLANNAD主題歌がオリコンランキング第三位になった、多くの人に知られるようになったということで、とても感慨深いものがあります。

さて、この曲は単に渚が亡くなったことを悲しむレクイエムだけではなく、むずかしい?CLANNADの世界観をまとめ、作者麻枝さんのメッセージを発信している曲だと思います。
CLANNADは、アニメ放映が終わればひととおり終わりでしょうから、最後にこの曲で強いメッセージを麻枝さんが世に向けて発したと感じます。



では、歌詞に沿って解釈を考えてゆきましょう。
これは多くの解釈通り、渚が亡くなった後、朋也が渚のことを歌った唄であることを前提に見ていって下さい。

”落ちていく砂時計ばかり見ているよ
さかさまにすればほら また始まるよ
刻んだだけ進む時間に いつか僕も入れるかな”


砂時計を逆さまにしてまた時間が始まることは、CLANNADがループする世界であることを表していると思います。そして砂が落ちきるまでの区切られた時間は、風子ルートやことみルートなど、各ルートを暗示していると思われます。

CLANNADではこれらのルートで朋也が光の玉を集めることによって死んだ渚を救うわけですから、「いつか僕も入れるかな」とは、渚を失った後で朋也がこれから各ルートに入り光の玉を集めることを示しているようです。

(11/25 追記 記事を読んでいただいた方よりコメントをいただきました。

「刻んだだけ進む時間」とは、ループしていない動いている時間=渚と刻める時間のことではないかと。 その渚と刻める時間にいつか入りたい、たどり着きたい、という朋也の希望なのでは?とのこと。
なるほどそうかも知れません。真相は作詞者麻枝さんのみぞ知るですが、いろんな解釈があるのは面白いことです。

匿名様、コメントありがとうございました。)

CLANNADは時間の流れが主題であり、ループなどの時の進み方も重要な意味を持ちますが、それがとても大切なことを作者みずから曲のタイトルで表していますね。


”きみだけが過ぎ去った坂の途中は
あたたかな日だまりがいくつもできてた
僕ひとりがここで優しい 温かさを思い返してる”


ここでこの物語の最初、そしてループの起点となる「坂」に場面が移ります。
きみとは、もちろん渚のこと。思い返しているのは朋也ですね。
ここでの素晴らしい点は、「あたたかな」と「温かさ」をひらがなと漢字に変えていること。
同じあたたかいでも微妙に違うこと、後者は温度より気持ちのあたたかさが主であることを表していると思います。


”きみだけを きみだけを
好きでいたよ
風で目がにじんで
遠くなるよ”


さすがサビの部分だけあって解説が不要なくらいわかりやすい、そのままですね。
「風」をわざわざ出してくるところは、CLANNADの世界観に深く関わる重要人物、風子を意識しているんでしょうか。いや逆ですね。風を意識して、風子のキャラを作ったんでしょうから…。


”いつまでも 覚えてる
なにもかも変わっても
ひとつだけ ひとつだけ
ありふれたものだけど
見せてやる 輝きに満ちたそのひとつだけ
いつまでもいつまでも守っていく”


この語りで、CLANNADで言いたいことが示されます。渚が坂の手前で言った言葉、
「なにもかも…変わらずにはいられないです。楽しいこととか、うれしいこととか、ぜんぶ。…ぜんぶ、変わらずにはいられないです」
「それでも、この場所が好きでいられますか」

それに対する朋也の答え、そして作者のメッセージがこの語りだと思います。
CLANNADのゲームをした人、アニメを見た人、そしてこの曲を聴いた人へのメッセージなのですね。
「なにもかもが変わっても、大切なものをひとつだけ見つけて、それを守ってゆきなさい…」。
「ひとつだけ」とは、各人によって違う。だからそれが何なのか、明示していないんだと思います。

このあたりで泣けてきました。

さてここでは、「見せてやる」と強い表現がなされています。初めて聴いたときから耳に残りました。朋也の決意を際だたせるため、強い表現にしているようですね。


”肌寒い日が続く もう春なのに
目覚まし時計より 早く起きた朝
三人分の朝ご飯を 作るきみが
そこに立っている”

最初の一行で、朋也の感情がよく表されています。
朝ご飯を作る光景ですが、汐を生んだときに渚は息を引き取ってしまうので、「三人分」(朋也・渚・汐)の朝ごはんを作る光景は、ラストエンド後まで見られないはずです。「目覚まし時計より早く起きた」とありますので、夢の中の光景なのでしょう。


”きみだけがきみだけが
そばにいないよ
昨日まですぐそばで僕を見てたよ”


ここはそのままだと思います。渚が死んだことをわかりやすくのべてます。


”きみだけをきみだけを
好きでいたよ
きみだけときみだけと
歌う唄だよ”

ここも、これまでの歌詞の解釈がわかると、そのままわかる部分ですね。


”僕たちの僕たちの
刻んだ時だよ
片方だけ続くなんて
僕はいやだよ”

これが歌の最後です。「時」の大切さを強調するための歌詞を、最後にも持ってきていますね。
気になるのは、一番盛り上がるサビのところなのに、「僕はいやだよ」と後味の悪い終わり方をしているところ。
これは、最後の語りの部分に繋げて盛り上げるために、わざと中途半端な終わらせ方をしているのでしょうか。


最後の語り(に近い歌)
”いつまでも 覚えてる
この町が変わっても
どれだけの悲しみと出会うことになっても
見せてやる 本当は強かったときのこと
さあ行くよ 歩き出す坂の道を”


最後に坂の道を歩き出します。
そうです、最初の坂に戻っていますね。最初にループするのですが、でも朋也の強い決意によって、これからの展開は今までと違ってくるのです。
その展開はCLANNADで見ているとおりであり、渚が生きるトゥルーエンドへの道なのでしょう。

さらにここでは、先の語り部分と同様、朋也のそして作者の強いメッセージがでています。
「町が、なにもかもが変わっても、どんな悲しみもがあっても、強く歩いてゆきなさい」、と…。


さて、このあと”ぎぎぎ…”という音がして、オルゴールが流れます。
ここにも深い意図があると思います。

「ぎぎぎ…」というのは、オルゴールのネジを巻き戻す音。ループの最初に巻き戻ることを意味していますね。そして曲は同じだけれどオルゴールという音色の違うものが流れる。これはこれから同じようで違った世界を進んでゆくことを、暗示していると思います。

さらに「ぎぎぎ…」の音。これ、どこかで聞いたことがありますよね。そう、幻想世界でガラクタロボットの耳が回転するときの音。ガラクタロボットは朋也自身ですよね…。そこまで意識してこの音を入れているのだと思います。


こういう風に考えると、とても深い曲です。
この解釈には間違いもあるでしょうし、抜けている点もあると思います。
でもこれを参考にして聞き直してみてくださいませ。新しい感動があるかも知れません…。
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CLANNAD~AFTER STORY~
第5回「君のいた季節」、第6回「ずっとあなたのそばに」

とてもいい話でした。
あの京都アニメーションが力を入れた、質の高い構成・作画に良質なストーリー。

CLANNADを知らない人にもわかりやすい、コミカルも交えた、ちょっと感動できる2話完結の物語。
CLANNADを知っている人には、物語の奥深さを感じさせる構成でしたね。

「ああ、話してやるよ。夕べ見た夢のことを。ずっと昔の、不思議な恋の話をさ…」

お時間があれば見て下さい。全部で50分ほどです。

第5回「君のいた季節」
http://jp.youtube.com/watch?v=qdcVY8iTtL0&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=khHWFpnPR3U&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=g25fncYok20&feature=related



第6回「ずっとあなたのそばに」
http://jp.youtube.com/watch?v=cDgsW_fRelY
http://jp.youtube.com/watch?v=5rxKOnuvvOo
http://jp.youtube.com/watch?v=mxLYNiYisRw



「僕たちは、長い長い時間を一緒に過して、そしてその人は僕に最後の願いを託した。僕はその願いを叶えるためにやってきたんだ…」


「ずっと、いつまでも、あたしのことを好きでいて下さい。いつまでも、いつまでも、あたしのことを好きでいて下さい。それがあたしの願いです。」


「さよなら。僕はあなたを、一生好きでいつづけます。ずっと、いつまでも…」


「ただ、今はこうしていたいです。それをゆるしてください。ずっと、ずっと、この人のそばに居続けることを…」
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