Crux's Stardust Diary

クルックスの星くず日記

2009年03月

「いま終わる、長い長い旅が…」
自分の旅も一区切りついたような気がして、虚脱感でしばらくこのブログも書けませんでした。

clannad22c.jpg

最終話、とても丁寧に慎重に作られていました。
この1年のストーリーが、この最終回に集約されています。
原作に忠実で、原作をプレイした自分は安心して見ていられました。原作を知らない方には、少し分かりにくい展開だったかもしれません。

感想は、まとめられない…。身近でありながら壮大なストーリーの前に、呆然と立ちすくんでいます。
想うことはいっぱいあって書こうとしたのですが、言葉にならないんです。
なので、一番大切な部分を、少し引用させていただきます。

人と家族と町の物語
clannad22a.jpg

「もし、町というものに、人と同じような意志や心があるとして」
「そして、そこに住む人たちを幸せにしようって、そんな思いでいるとしたら」
「こんな奇跡も、町のしわざかもしれないです」
「でもそれは、奇跡じゃないですよね」
「町を大好きな人が町に住み、人を好きな町が人を愛する」
「それは、どこにでもある当たり前のことのはずです」
「私たちは町を愛して、町にはぐくまれているんです」


人のつながり。人はひとりじゃなくて、つながっている。
それは家族や友人を越え、町にまで、そしてその先にまでつながってゆくのですね。
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ついに、
渚に続き、雪の中で汐が倒れ、号泣する朋也も追って倒れ…。
clannad21a

幻想世界でも、少女が倒れました。
ここまで、行き着くところまで、徹底的に苦しめられる。
絶望の底に落ちてしまいました。最悪です…。(「最悪です」は風子の口癖ですが、この場面を意識していると思います。)
でも中途半端でなく、落ちるところまで落とすところが、CLANNADの素晴らしいところ。


そして、下の場面。
CLANNAD第1回の初めのシーンに戻ります。
clannad aft 21

桜並木の下で立ちつくす渚に、通りがかる朋也。物語の初めと同じ状況です。
でも、ひとつだけ、そして決定的に違うところ。
それは朋也が、何も知らない朋也ではなく、何もかも知ってしまった朋也になったこと。
長い長い道のりを経て、やっとこの場所に戻ってくることができました。

全てを知った朋也は、来週の最終回にこの場面で、最初で最後の、とてもシンプルだけれど、何よりも重要な選択をするのですね。この選択がCLANNADのすべてと感じます。

このあたりの感動は、ゲームならではの演出が大きく影響しているので、どのようにアニメ化するのか興味がありました。それがほんとにゲームに忠実に再現されているとは。何と素晴らしい…。


来週は、1年(半年×2)にわたって放映されたアニメCLANNADの、全ての伏線が回収されるはずです。
この最終回のために、今までのCLANNADの話があったとも思うくらいなのです。
感動の最終回になることと、期待しています。

最終回のタイトルは、「小さな手のひら」です。
そこで流れるはずの感動の名曲、「小さなてのひら」を貼っておきます (タイトルが文字化けしています) 。

ССµÄÊÖÐÄ - riya

「この町と住人に幸あれ」
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IMGP8142_1.jpg

今日は天気が良かったのですが、花粉症に悩まされています。
ちょっとお出かけしたのが、良くなかったかな?

写真は、京都・東映太秦映画村にて。
久しぶりでした。あらためて見ると、なかなか楽しいところです^^

何が楽しいかって??
書きたいのですが、花粉症のお薬で眠くなってしまっています。
すみません。また、気が向けば書きます…。

おやすみなさいませ^^
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