Crux's Stardust Diary

クルックスの星くず日記

2011年05月

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僕は、いつも紙のノートを持ち歩いて、考えたことや身の回りに起こったことを書いています。 

たいしたことを書くわけじゃありません。
「いつもより早く起きて、天気も良くて気持ちいい!」とか、「疲れたから、早く寝よう…」 とか、そんなの。
日記のように一日1回書くだけじゃなくて、いつも手元においてしょっちゅう書いています。

なんだかこれがとても心地いいんです。
自分しか見ないノートとはいえ、気持ちを外に出すことで頭と心が整理されて、すっきりする感じ。 

現在ではこのノートが相棒になって、電車の中でも仕事の合間にでも、あらゆる時にちょこっと書いています。

Twitterで日常をつぶやいている方は、この気持ち良さが分かってもらえるように思います。
心の中の言葉にならないモヤモヤした思いを、何とか言葉にして外にだすことで、ちょっと肩の荷が下りる様な、安楽な気分になれるんです。

ただ僕は「疲れた」をTwitterでパブリックにつぶやくこともないかなと思って、プライベートで書いています。
それも、デジタルじゃなくてアナログの紙で。

デジタルのノートやメモ帳アプリも色々試してみたんですが、結局紙のほうが気軽に出してさっと書けて、あとで見返すときもパラパラ見れるので気軽だったんです。電池切れの心配もないし。 

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書く紙もいろいろ試したんですが、僕にはA5ノートが一番でした。
よく使われている手帳は携帯に便利なのですが、狭い面積にちょっとしか書けないです。

アイデアを紙に書くには、ある程度の面積だととても便利。
画面サイズの大きいパソコンのディスプレイを使っているような、広々とした感触がもてます。

ということで、携帯性と広さのバランスが一番良いのがA5サイズのノートでした。
ルーズリーフより一冊のノートのほうがバラバラにならないので、それを使っています。コンビニでも手に入りますしね。

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具体的には、ちょっと良質の紙を使っているノートにしています。
しっかりした紙質だったりサラサラしていたりで、書く気が増すんですよ。

例えば、
左: ツバメノート: 安いのにとてもいい紙を使っています。文具マニアには定番らしい?
右: MIOペーパー キャンパスハイグレードノート コクヨ: 薄手サラサラの肌触りが気持よくて、ペンの滑りもとてもいい。 

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その上に、最近流行りのノートカバーをかけて、ノートが傷まないように、また書きやすいようにしています。

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使っているペンは、宣伝じゃないのですが、三菱鉛筆のジェットストリーム最高です。
安価で書き味抜群(逆に言うと高級感がないので、所有する満足感は得られませんが…)。

主に3色ボールペンを使って、書く内容によって色を変えたりしています。
重要なところは、赤でアンダーラインを引いておくと後で見やすいです。

よろしければ試しにノートを買って持ち歩き、頭に浮かんだことを書きなぐってみてください。
案外楽しいかも知れません^^
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なぜブログを書くのだろう? なぜウェブでソーシャルな活動しているのだろう?

特に自分のように日記みたいな個人ブログでは、書く動機があるような無いような、という方も少なくないはず。
目的が分からずモチベーションが上がらないまま、フェードアウトしたり…。
僕はなんだか、もやもやした気分でした。

そんなわだかまりの答えを、的確に出してくれるような素晴らしい記事がありました。
とても共感して感動したので、引用して紹介させていただきます。
文字が多いですが、飛ばさず読んでくださればうれしいです。

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PENTAX K-7 with TAMRON 90mm F2.8 Macro
 
●ウェブの大きな可能性のひとつは?
2003年、個人サイトからブログに移行する時期に書かれたすばらしい文章を、最近見つけました。
ウェブの、特に個人がウェブで発信することの可能性とは何だろう?
それは…、
大きな声で同意を求めたり、賢しらな顔で意見を述べたり、興味深いニュースにリンクを張ったりしなくていい。別に「世界中で別々の場所で別の日常を生きている人たちの真摯な思考が、少しずつ寄り合わさって、力強い言葉になってい」かなくたっていい。
むしろ力強さやジャーナリズムなどとは正反対のところにある、耳を澄まさないと聞き取れないような小さな声で語られる言葉。私にとってウェブとはまずそういう言葉が語られる場所であり、またそうした言葉をこそいとおしいと、私は感じるのですね。
そして、そんな小さな囁きにも耳を傾ける人がどこかにいるということ、それこそがウェブの大きな可能性のひとつだったんじゃないか。 

その頃のネット界隈の事情を自分は知らないのですが、著者は新しく出てきたブログというサービスに戸惑ってやや批判的になりながらも、ウェブの根本的な役割に思いを馳せておられる。その感覚が時を経ても伝わってきます。
 
ソーシャルなサービスが花盛りの現在、原点に思いを戻してくれる文章かと思い、最近この記事を見つけてから繰り返し読んでいます。

●「わたしはここにいます!」という叫び
 多くの人がウェブサイトを開くのは、別にウェブジャーナリズムの一翼を担うためなどではなく、「わたしがここにいること」を誰かに承認してほしいからだろう。
星の数ほどある個人サイトのすべてが、「わたしはここにいます!」という叫びなのだ。
読冊日記より
ほんとに、自分はそう。
別にアフェリエイトでお金を稼ぎたいわけじゃない。
ただ、自分がネット上に存在している証(あかし)を示して、それを「誰か」に認識してもらいたいだけなんです。
それは素朴すぎるけれど大切な、人の根源的な望みのひとつかな、と思うんです。

そして、せっかく見に来てくださる方がおられるのだから、少しでもその方々の役に立てばとちょっとは考えて、記事を書いているんです。

たとえるなら、それは夜空の星の会話のようなものだ。
漆黒の闇の中、ぽつりぽつりと星が点在していて、ときおりかすかな瞬きで会話を交わしているような光景(大気がないと星は瞬かない、などと野暮なことを言わないように)。
それが、かつて私が日記を始めた頃にウェブに抱いていたイメージである。
読冊日記より
自分のブログのタイトルは「Crux's Stardust Diary」です。
「Stardust(星屑)」と名付けたのは、星の数ほどある屑のようなブログかも知れないけれど、それでも少しだけ光っていたい、そんな想いがあったからなんです。

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PENTAX K-7 with TAMRON 90mm F2.8 Macro
 
●時が経ても変わらず、繰り返す
この記事が書かれた2003年から月日は経っても、今でも基本的に変わるところはないと思います。
でも当時のブログ黎明期から、今は様々なソーシャルサービスが出てきているので、ちょっと追加も考えたいところです。

そこは、加野瀬さんが書かれています。
加野瀬未友氏「 2010年代の「銀河通信」を考える」 - ARTIFACT@ハテナ系 http://d.hatena.ne.jp/kanose/20101115
 ブログ(オープン)→mixi(クローズド)→Twitter(オープン)ときたので、反動としてクローズドに使えるFacebookのターンになったとはいえるだろう。
これは、ブログで明るくなりすぎて、SNSで静かな方向に回帰。そしてまたTwitterという気軽につぶやくことができる手段で叫ぶようになり、その反動がまたやってきそう、ということですよね。
繰り返し、繰り返しですね。

●「銀河通信」の先見性
さて、ここででてくる「銀河通信」という言葉、何なのでしょう?
楽曲のタイトルなのですが、これは今回とても大切なキーとなる曲なんです。
谷山浩子の「銀河通信」(インターネットなどというものが普及するはるか昔に作られながら、ネット・コミュニケーションを予見していた恐るべき曲)
ということで、谷山浩子さんの「銀河通信」(1984年発表)を聴きました。
恐るべき曲のみならず、素晴らしい名曲でした。

引用の読冊日記では、「銀河通信」の歌詞を通して、ウェブの深淵を分かりやすく書かれています。
「それはどこか宇宙の果ての知らない星からの長距離電話」(谷山浩子「銀河通信」)であり、「誰でもない他者」からの「あなたがここにいること」への承認のメッセージなのだ。だからこそ、誰が読んでいるかはわからないけれど、「もしもし見知らぬ私の友達 私はちゃんと歩いています」(同上)と日記を書くのである。細い、細い糸で結ばれたような儚いコミュニケーション。そもそもウェブ日記にとってもっとも重要だったのは、そうしたコミュニケーションだったように思うのである。
 そしてまた、ウェブログに限らず最近のウェブの世界は光が明るくなりすぎて、沈黙、夜の闇といった、儚いコミュニケーションを受け入れる土壌が急速に失われているような気がする。真夜中ひとりで黙っていないと、銀河通信は届かない。
自分はこの言葉をかみしめながら、何度も何度も「銀河通信」を聴いています。
よければ、下のYouTubeで銀河通信を聴いてみてください。


「銀河通信」 谷山浩子

最後に、このブログを見てくださっている方にメッセージ代わりに歌詞の一部を。
 
「もしもし 見知らぬ わたしの友だち
わたしはちゃんと 歩いています
今は小さな 命の種が
遠いあしたに 花ひらくまで
静かな川が 流れ流れて
大きな海に ひろがる日まで」
ありがとう。  
 

2011年5月21日に、TEDxTokyo 2011カンファレンスが開催されました。
とても素晴らしい講演だったので、特に印象に残ったプレゼンテーションをYouTube動画と合わせて、このブログで紹介させていただきます。

TEDxTokyo
TEDxTokyo http://tedxtokyo.com/ja/

●まず、TEDってなに?
TEDとは、Technology, Entertainment, Designの頭文字をとったカンファレンスのことです。学術・エンターテイメント・デザインなど様々な分野の人物が講演を行います。
多方面にわたって興味深い話が聴け、知的好奇心を刺激する、とても貴重な講演会との評判です。

TEDは1984年に、カリフォルニアのモントレーでスタート。今ではより広いトピックを扱い、世界中で開催されています。

TEDxTokyoは東京をベースに活動することを目的に毎年1回開催、今回で3回目とのことです。
すべての講演が無料でライブストリーミング中継されますので、ネットさえあれば誰でも見ることができます。

TEDxTokyo

●初めてTEDxを見て刺激を受ける
自分は今年初めて聴講し、大変刺激を受けました。もちろんライブストリーミングで見たんですよ^^
前評判通り幅広い分野で、自分のような素人にも分かりやすく、しかも大変興味深い講演ばかりでした。

朝9時から夕6時まで30を超える演題がありましたので、全部を見ることはできませんでした。
でも、すべての講演がYouTubeにて公式にアップされていますので、今からでも見ることができます。
TEDxTalksチャンネル www.youtube.com/user/TEDxTalks

時間のあるときにでも、ぜひ見てください。
世界一級のプレゼンテーションです。

講演は基本的に英語で行われましたが、このブログで下に挙げている講演は、日本語ないしは日本語同時通訳版ですので、言葉の問題は大丈夫です。

●特に興味深かったものを抜粋
自分が見れた中で、特に感銘を受けた講演をいくつか挙げ、YouTube動画を貼り付けています。
興味がありそうなものは、ぜひ動画を見てください。


Black, Professional Yo-Yo performer
ヨーヨーの世界チャンピオン。
果敢にチャレンジすることの、大切さと勇気を教えてくれました。
華麗なヨーヨーパフォーマンスも素晴らしい。



Akinori Ito - Transforming plastic to oil in a box
ゴミになったプラスチックを使える油に変えてしまう、夢のような機械のプレゼンテーション。
大評判だったようです。
技術が大きな問題を解決し、時代を変える。そんな希望と元気が湧いてきました。



Hiroshi Ishii
マサチューセッツ工科大学(MIT)教授。
震災時のネットでの情報伝達の重要性について具体例を紹介されたのち、ネットを超えた表現について述べられました。
最後は私たちの死後のことまで、壮大なお話でした。


Kyung Lah TEDx
Kyung Lah - Stories from the eyes of a reporter  http://youtu.be/h62dcnFgoKw
テレビジャーナリスト。
震災で被災された方を取材され、そこから得たことを話された貴重なプレゼンテーション。
涙なくして見れませんでした。 
(動画埋め込み許可がないので、リンクとスクリーンショットを載せています。)


●素晴らしいプレゼンテーションたち
これらを含め、全部で30以上のプレゼンテーションは、いずれも素晴らしいものです。
このようなカンファレンスを、家や職場に居ながらにしてライブで、あるいは後で動画サイトで見れることは、とても幸せです。
どの演題も深く考えさせられることばかりで、自分のような底の浅い人間でも、人生に少し奥行きができそうです。

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